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大阪高等裁判所 昭和49年(う)1456号 判決 1977年3月22日

主文

原判決を破棄する。

被告人五名をそれぞれ罰金三万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用の負担を別紙のとおり定める。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事杉島貞次郎提出の大阪地方検察庁検察官検事稲田克巳作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人五名の弁護人小林勤武、同大錦義昭、同豊川正明、同三上孝孜共同作成の答弁書に記載されたとおりであるから いずれもこれらをここに引用する。

論旨は、要するに、原判決は、本件各被告人に対する公訴事実に対し、被告人らが多数の労働組合員と共謀して、国鉄大阪環状線玉造駅外廻り線ホームに到着した第四〇〇二電車に対し、その出入口の扉に押しかけて満員電車の乗降時の際のような状態を出現させ、扉の閉鎖ができないようにして、同電車の発進を妨害した事実をほぼ認めたうえ、被告人らのピケツテイングとしてなされた右所為は、威力を用いて国鉄の列車運転業務を妨害したものであり、刑法二三四条の構成要件に該当することは明らかであるとともに、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)一七条一項に違反するものとして違法であるとの評価を免れないと判示しながら、本件ピケツテイングの目的の相当性、必要性、手段・態様の相当性等の諸般の事情を検討すると、被告人らの右所為は、その行為の具体的状況よりみて、いまだピケツテイングとしての相当性を欠くものとしてこれに刑事制裁の対象として処罰すべき実質的違法性を認め難く結局右所為につき違法性(可罰的違法性)が阻却されるとして無罪を言渡したのであるが、右は、労働組合法一条二項、刑法三五条、二三四条の解釈・適用を誤り、その前提となるべき事実を誤認し、かつ、その評価を誤つたものであつて、右各誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これを破棄し、更に適正な裁判を求めるというのである。

ところで、検察官が控訴申立の理由一ないし三として述べるところは すべて原判決が第六被告人らの行為に対する法的評価の項において被告人らの所為は刑法二三四条の威力業務妨害罪の構成要件に該当するとしながら、違法性(可罰的違法性)が阻却されるとした論拠に関するものであるから、以下本件所為につき違法性(可罰的違法性)が阻却される場合にあたるか否かの判断を示す過程において、必要に応じて検討を加えることとする。

そこで、本件記録ならびに当審における事実取調べの結果に徴して検討するに、

一本件公訴事実の要旨は

一被告人松下義隆を除く爾余の被告人らは、いずれも日本電信電話公社の従業員で、被告人松下義隆は、同公社従業員の一部をもつて組織する全国電気通信労働組合近畿地方本部(以下「全電通近畿地本」という)。執行委員、総務部長、被告人豊田稔は、同地本執行委員、被告人松田安正は、同地本大阪市外電話支部の支部長、被告人岡本知明は、同地本大阪電信支部の支部長、被告人小田高雄は、同支部副支部長であつて、いずれも昭和四一年四月二六日実施された公労協、交運共闘統一ストの一環としての、国鉄労働組合の半日ストライキを支援したものであるが、その際、被告人ら五名は、ほか約三五〇名の労働組合員らと共謀のうえ、大阪市東成区黒門町一九二番地所在日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)玉造駅において、同日午前五時四五分ごろ、同駅外廻り線ホームに到着した第四〇〇二電車(六両編成、運転手吉川賢郎)に対し、ワツシヨイワツシヨイなどと気勢をあげながら、その車体を叩き、多数個所の扉を押し、同電車の扉および窓のガラス六枚を叩き割り、さらに閉鎖しようとする両開きの扉の間に足をはさみ、立ち塞がるなどして、扉が閉鎖できないようにし、あるいは一旦閉鎖した扉をこじあけて、右同様の所為を繰返し、同日午前六時四九分までの間、約一時間四分に亘り、同電車の発車を不能ならしめ、もつて威力を用いて、国鉄の業務を妨害したものである。」

というのである。

二原判決が本件の争議および被告人らの本件所為に至る経緯並びに被告人らの共謀およびその範囲内に属する具体的行為として認定し、かつ、原判決の挙示する証拠により肯認することができる事実の要旨は、次のとおりである。(なお、各用語の略称は、原判決が用いたものをそのまま当判決においても使用する。)

(一)1本件発生当時、被告人松下を除く爾余の被告人らは、いずれも日本電信電話公社の従業員で、被告人松下は、全電通近畿地本執行委員、総務部長の、同豊田は、同地本執行委員の、同松田は、同地本大阪市外電話支部支部長の、同岡本は、同地本大阪電信支部支部長の、同小田は、同支部副支部長の各地位にあつた。

2国労は、昭和四一年四月開催の第七四回中央委員会において、同年の春闘の一環として、国鉄職員の賃金を総額八七〇〇円引上げることなどを骨子とする要求項目を掲げ、公共企業体等労働委員会の調停作業の進行を考慮しながら、同月下旬の別に定める日に交運共闘、公労協を結んだ統一ストライキを決行するとの闘争方針を決定し、同月九日中央闘争委員長名で「四月二六日および三〇日別に指示した地方本部は指定された地域において半日ストライキを決行せよ。」との指令を発し、ついで、国労本部中央闘争委員会は、大阪地区も闘争拠点地区と指定し、その関係線区には大阪環状線、東海道本線等が含まれた。これを受けて、国労大阪地方本部地方闘争委員会は、同月二六日の半日ストライキの拠点として淀川および森之宮各電車区を含む中部地区とその余の二地区を指定した。

3一方、全電通は、平均八七五〇円の賃上げを骨子とする要求を掲げ、右賃上げ要求の調停作業と併行して、同月一九日スト準備指令を発するとともに同月二〇日ごろ国労ストライキ支援の指令を発し、これを受けて、全電通大阪地方本部は、同月二四日その傘下の大阪電信、大阪市外、北大阪等の各支部に対し、同月二五日夜国労のストライキ拠点たる森之宮、高槻などに支援動員を行なうよう指示した。

4公労協は、いわゆる昭和四一年春闘において、交通共闘との統一闘争の一環として、右公協加盟の国労による同年四月二六日の半日ストライキなる本件争議を計画、実施したところ、被告人らは、いずれも右公労協加盟の全電通近畿地本の組合組織の責任として、国労の右争議行為を支援する意図のもとに右争議の前日である同月二五日夜、同地本の組合員約五〇〇名を動員して、大阪市東区杉山町所在の大阪城公園東南出入口付近に集合、待機した。

(二)1ところで、国労の本件争議は、大阪環状線森之宮および淀川各電車区を拠点として、当日の始発時刻から四時間と決定され、右各電車区所属の乗務員の圧倒的多数が国労の組合員であり、その全員に近い者が本件の争議に参加するものとみられる事情にあつたため、本件の争議により大阪環状線では完全に電車の運転が停止するものと予想されていたところ、本件争議の前日である四月二五日午後三時ごろから国労の組合員で右森之宮電車区所属の指導運転士である七名の所在が不明となり、翌二六日に入つても所在が判明しなかつたため、国労森之宮電車区拠点闘争本部における本件の争議指導の国労関係者らは、同日午前三時過ぎごろ、大阪環状線の始発電車が国鉄当局の指示、命令を受けた右七名の指導運転士の手で運転されるものとすると予測して、その対策を協議し、その結果、始発電車を運転する運転士をスト破りの組合員として、これに本件争議への参加方を極力説得すること、その説得の方法として右始発電車が各駅に到着した際、一般乗客として各駅に出向いた国労その他支援労組の多数の組合員によつてこれを通勤時一般にみられる満員状態にして、乗り降りする動作を繰り返すことにより発車するまでの時間をかせぎ、その間に右運転手にスト参加方を説得するとの方針を決定し、直ちにこのための支援を当時大阪城公園に所在の全電通近畿地本を含む国労支援労組の組合員に求めるべく、右全労組の現場最高責任者の大阪地方春闘委員会委員である大阪地評事務局次長本田誠一に連絡した。

2同月二六日午前四時ころの段階になり、被告人岡本を除くその余の被告人四名は、同公園に集合の他の全電通近畿地本傘下の各支部の責任者数名とともに、前記本田誠一の求めにより、同公園の一角に集まり、同所において、同人から国鉄当局のスト破りとして、国労の組合員である運転士の一部が、国労当局側にとじ込められ、これらの者により、同日の始発電車が運転される情勢にある旨の状況説明と、「直ちに統率下の組合員を連れて国鉄玉造駅に行き、乗客として同駅の外廻り線ホームに上り、始発電車が到着した際に、同駅にいるはずの国労の責任者とともに右電車の乗務員に対し、本件の争議に参加して運転を中止するよう説得してほしい。この説得の時間をかせぐため、組合員によつて通勤時の満員電車の出入口にみられるようなラツシユ状態を作り、電車の扉が閉まらないようにして、発車時刻を遅らせてほしい。」旨の指示を受けた。被告人岡本は、同小田から右本田の説明および指示を伝え聞いた。

被告人ら五名は、いずれも右本田の指示を異議なく受け容れてこれを実行に移すことを確認し合い、国鉄玉造駅外廻り線ホーム上で待機して、始発電車が到着した際に、右電車の乗務員に対し争議に参加して運転を中止するよう説得するため、その時間かせぎに、被告人ら統率下の全電通組合員によつて、ことさら通勤時の満員電車の出入口にみられるようなラツシユ状態を作り電車の扉が閉まらないようにして、発車時刻を遅らせることを共謀し、さらに、被告人岡本、同小田、同松田らは、その場で、各自が引率の当該支部組合員に対し、前記本田の説明、指示とほぼ同旨の内容を伝え、同組合員らも異議なくこれを受け容れて、ここに被告人五名および被告人岡本、同小田、同松田らの引率する組合員を含む全電通近畿地本の組合員約四〇〇名は、互に意思を相通じて前記内容の行動に出ることを決し、被告人松下、同豊田を除く(両名はその後別の場所へ支援に赴くことを指示されて他の場所へ赴いた。)その余の被告人らは、各自引率の当該支部組合員を引率して玉造駅に向つた。

(三)1大阪城公園を出発した全電通近畿地本の組合員約四〇〇名、同日午前五時ごろ、大阪市東成区黒門町一九二番地所在国鉄玉造駅に着き、同駅外廻り線ホームに上つて、労働歌を合唱しながら、始発電車が到着するのを待つた。

2右始発電車は、同日午前五時四五分ごろ定刻より約一時間遅れて同駅外廻り線ホームに到着した。同電車は、六両編成で、最前部と最後部に乗務員室を備え、各車両にはそれぞれ四か所の出入口があり、右出入口の各二枚の扉が圧搾空気の力で左右に開き、中央で打ち合つて閉ざされる仕組みになつていた。同車内の状態は、右玉造駅入構の時点において、右最前部の乗務員室では運転士吉川資郎が二名の鉄道公安官の警乗を受けて運転に当り、右最後部の乗務員室では車掌北田敏治が車掌業務に従事し、乗客室では、その大部分が国労およびその支援労組の組合員より成る乗客で定員をこえ、出入口付近が満員に近い状態であつた。

3被告人岡本および同小田らの引率にかかる大阪電信支部の組合員約二五〇名の位置は、右ホームに停車した同電車の前から一ないし三両目に、被告人松田の引率にかかる大阪市外電話支部の組合員約一〇〇名の位置は、前から三、四両目に、その余の組合員らの位置は、前から五、六両目にあたつていた。同電車が停車して、その出入口の各扉が開かれるや、右組合員らの大部分は、一せいに同電車の最寄りの出入口に押しかけ、降りようとする動作をして外側へ押し出してくる車内の他労組の組合員らと押し合い、同電車の各出入口で通勤時の満員電車の乗降の際にみられるような状態を出現させ、右出入口の扉の閉鎖ができないようにした。

また、右全電通の組合員の一部は、同電車が停車するや、直ちにその最前部と最後部に行き、ホームから、各乗務員室のガラス窓越しに、同室内の前記運転士吉川資郎および車掌北田敏治の両名に対し、それぞれ、降車して、国労のストライキに参加するよう、説得を続けた。この際、最前部の乗務員室付近にいた組合員の中には、同室の出入口扉の窓ガラスを手で叩いたり、右扉の腰板部分を足で跳つたり、「裏切り者」とか「当局の犬」とかの言葉で口汚く同運転士を罵しつたりする者があつた。この間同運転士と同車掌は、右被告人およびその場の組合員らの言動に対し、殆んど沈黙を続けた。

このような状態で五分間くらい経過した後、前記北田車掌は、同駅係員の要請を受けて、同電車の出入口の扉を閉鎖するスイツチを入れたが、一部の出入口においては前記通勤時様のラツシユ状態のため、同電車の出入口が全部閉鎖の状態にならず、またこのころ、同駅にいた大阪府城東警察署勤務の警察官約二〇名が同電車の三両分の出入口を整理し、その扉を閉鎖させたけれども、結局電車の出入口を全部閉鎖することができず、このため、前記吉川運転士は、同電車を発車させることができなかつた。この前後において、同駅係員は、同駅の放送設備を通じて、速やかに乗降を終えるようくりかえし放送したけれども、これに応じようとする者は見当らなかつた。

同電車の同駅到着後約一〇分の段階で、右吉川運転士は、運転ハンドルを外して同電車を降りて駅舎に入り、一〇分前後経つて再び同電車の最前部に戻り、乗務員室に入つたが、この際、ホームにいた前記組合員のうち数十名の者が右乗務員室に入ろうとする同運転士をホームの上でとりかこみ、その中の数名の者が同運転士の着衣のベルトを後から引張り、その乗務員室への入室を妨害しようとしたところ、右乗務員室に警乗の前記鉄道公安官二名が直ちにその場に出向き、「運転士を引つ張ると威力業務妨害罪で逮捕するぞ。」との警告をなし、右多数の組合員の中から同運転士を乗務員室に連れ戻した。同室の運転士席に着いた同運転士対し、前記組合員の一部は、ホームの上から改めてストライキへの参加と協力を要請し続けたのに対し、同運転士が言葉で若干の応答をすることがあつたが、運転を放棄しようとする様子を示すことはなかつた。この際、同運転士のいる乗務員室と乗客室との間の区画板を乗客室側から叩いたり、跳つたりする者があつた。

同日午前六時一八分ころ、同駅長の要請で出動した大阪府警機動隊第四中隊約一〇〇名が同駅に到着し、同二三分から前記電車の出入口の混乱の整理排除に着手し、これを五分間で完了し、同電車は、同日午前六時三二分発車準備を完了して、動き始め一〇メートル前後の進行と停車を数回反覆した後、同日午前六時四九分、同駅の発車を完了し、その間同電車の正常な運転業務が妨害されたものである。

三原判決は、被告人五名がその認識および意図したところにもとづき、右被告人五名のうち被告人松下および同豊田の両名を除くその余の被告人三名を含む全員電通近畿地本の組合員らが玉造駅において前記第四〇〇二電車に対してなした所為は、同電車の前記乗務員および同電車の運行業務に関係する同駅に勤務の国鉄従業員の意思を制圧するに足りる勢力があり、これが一因となつて前示のように同電車の通行が阻害される結果を生じたものと認められるとし、右被告人らの所為は、刑法二三四条に定める威力業務妨害罪の構成要件に該当する(被告人松下、同豊田については、いずれも共謀共同正犯として、その余の被告人三名については、いずれも実行共同正犯として)と認したが、勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという意味をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない(最高裁判所昭和四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決((いわゆる国労久留米駅事件判決))参照)ところ、公労法一七条一項の規定は憲法二八条に違反するものではなく、本件争議も、右ピケツテイングもともに公労法一七条一項に違反し、違法であるとの評価を免れえないが、同法条違反につき罰則が定められていないところによりすると、同法は、私企業でなされるときには正当行為として民事及び刑事の両免責の対象となる争議行為でも、これが公共企業体でなされるときには、右争議行為を一面において違法と評価しつつ、他面においてその違法性のゆえに、直ちに刑事制裁までを科するのは適当ではない、としているものにほかならず、このことから推して考えると、ピケツテイングが刑法に定める威力業務妨害罪の構成要件に該当するとともに、右公労法違反の趣旨で違法と評価されるからといつて、そのことから直ちにこれが刑事制裁の対象となるべき違法性があるものということはできず、本件の争議が公労法に違反して違法とされるものでありながら、これが刑事制裁の対象とされない以上は、右争議の不可欠の手段と認められる本件のピケツテイングもまた、ピケツテイングとして相当とされる範囲を逸脱したものと認められないかぎり、公労法に違反する違法のものではあるが、なお刑事制裁の対象となるべき違法性を欠くものと評価するのが相当であるとして、被告人らの行為は、目的において正当であり、ピケツテイングの必要性が肯認でき、手段・態様もそれほど行き過ぎた方法であるとはいえず、ピケツテイングの実施時間について、停車時間の約一時間のすべてが本件によるものとはいい難く、被告人らの当初の予測に反する事態の出現でかなり停車時間が延びたものであり、右ピケツトの実施時間が不当に長過ぎるとみることはできないこと、その他諸般の事情に照らし、本件争議に際して行なわれた被告人らの前示の行為につき、そのピケツテイングとして相当とされる範囲を逸脱したものとはいえず、これに刑事制裁の対象として処罰すべき実質的違法性を認めがたく、結局、違法性(可罰的違法性)が阻却されるものとして各被告人を無罪としたのである。

四そこで考えるに、原判決が基本となる争議行為およびこれを実効あらしめために行なわれたピケツテイングの公労法上の違法と刑法上の違法性との関係ならびに争議行為に伴うピケツテイングの刑法上の違法性を判断する場合の基準として判示する部分自体は、これを首肯することができるが、問題は、本件争議の目的達成のためになされた本件の威力業務妨害罪の犯罪構成要件に該当するピケツテイングの刑法上の違法性の具体的判断にあるので、この点について検討するに、本件について、当裁判所の結論を先にいえば、前記事実関係に照らしてこれをみるに、被告人らの本件行為の目的は、賃上げ等労働条件の改善を要求して行なう国労の同盟罷業を支援するにあつて、国労の行なう同盟罷業を支援することにより国労が国鉄当局との間に有利な労働条件の改善を獲得し得る状況を作り出せれば、被告人らの属する全電通の賃上げ等の労働条件の改善にも資するところ大であるとして行つたものであるが、本件行為の具体的状況 手段・態様は、前記のように、本件争議の主体である国労とは別個の労働組合員である被告人らを含む全電通の組合員約四〇〇名が、国労の組合員である運転士と国労の組合員ではない車掌に対するピツケテイングとして、すでに電車の営業運転が開始され、六輛編成の電車に多数の乗客を乗せて到着した玉造駅において、(イ)電車の各出入口で、押し合い通勤時の満員電車の乗降の際にみられるようなラツシユ状態をことさら作り出し、車掌が同電車の出入口の扉を閉鎖するスイツチを入れても、出入口の扉が閉鎖できないようにし、同駅係員が同駅の放送設備を通じて、速やかに乗降を終えるようくりかえし放送してもこれに応せず同様の状態をことさら作り続け、(ロ)乗務員室の出出入口扉の窓ガラスを手で叩いたり、右扉の腰板部分を足で蹴つたり、「裏切り者」、「当局の犬」などと口汚く罵つたり、(ハ)連絡に行つて駅舎から乗務員室に入ろうとする運転士を多数の者でホーム上でとりかこみ、同運転士の着衣のベルトを後方から引張り、乗務員室への入室を妨害しようとしたり、(ニ)乗務員室と乗客室との間の区画板を乗客室側から叩いたり蹴つたりというような行動で、同電車の出入口の扉の閉鎖を阻止し、一時間前後にもわたつて電車の発進を妨害する状況のもとで、運転士や車掌に対し降車して国労の同盟罷業に参加するよう説得し続けたというものであつて、被告人らの本件行為は、動機・目的その他原判決の判示する諸般の事情を考慮に入れても、法秩序全体の見地からして、とうてい許容・宥恕されるものとはいい難く、刑法上違法性を欠くものではないと解する。

五原判決は、違法性(可罰的違法性)を阻却する事情として種々挙示しているところ、所論にかんがみ、その主たる論拠について検討したところは、以下のとおりである。

(一)  本件ピケツトを実施した者は、被告人らを含む全電通の組合員で、本件の争議の主体であつた国労とは別個の労働組合の組合員であり、本件ピケツトの相手方となつた者のうち、運転士吉川資郎は、国労の組合員であり、他方車掌北田敏治は、国労の組合員ではなかつた。しかるところ、原判決は、「右ピケツトは、国労が全電通に対してなした日時、場所、手段方法までも特定した具体的な支援要請にもとづいて実施されたものであり、その背景には、右両組合がともに公労法の適用を受け、労働条件の改善を図るに際しては、仲裁裁定等による賃金決定が一本化している実情から、相互の活動に密接な利害関係があり、現に、ともに公労協に加盟して連帯感を強め、右公労協の指導する統一ストライキの一環としての本件の争議に臨んだ事情があることを考えると、ピケツトとしての相当性を判断するうえで、右ピケツトの主体が全電通の組合員であるからといつて、これが国労の組合員である場合と区別し、その評価を異にすべき理由はない。」と判示する。

しかして、国労と全電通は、その所属する企業ならびにその業態を異にし、全電通は国鉄当局との間に何ら団体交渉の基礎を持たない部外者であつて、本件は、国労側から支援要請を受けた全電通が自身の判断と責任においてこれを受け入れ、被告人らの統率・指揮命令のもとに、国労の本件争議を支援する意図のもとに行われたものであるところ、本来、憲法二八条にもとづく労働者の団結権、団体行動権は労働者が使用者と労働条件の維持改善の交渉をなすについての労働者の立場を補強し、労使対等の立場で団体交渉を行ない得るようにするため保障されたものであり、他組合の争議支援行為は、本来の団体行動権のわく外のものであり、労働法規範の正当化機能を直接的には及ぼし得ず、一般の団体と同様の行動規範を受けるべき関係にあるといえる。ただし、本件においては、原判決が指摘するように両組合がともに公労法の適用を受け、仲裁裁定等による賃金決定の一本化されている実情よりして、前述のとおり国労の行なう争議行為を支援することにより国労が有利な労働条件を獲得し得る状態を作り出せば、それは被告人らの属する全電通の賃上げ等の労働条件の改善に資するところ大であり、事実上賃上げおよびその額決定の場面で密接に連動する関係にあるところよりして、直接的には他組合の争議行為に対する支援であるが、間接的には自己自身の組合の労働条件改善のための行動であるといえるから、直接的には本来の労働法上の団体行動権のわく外の行為ではあるけれども、憲法二八条の趣旨よりすれば、なお労働法規範の正当化機能を及ぼし得る余地が残されていると解するを相当とするが、争議当事者である国労の組合員の争議行為と、全電通の組合員の争議支援行為を同一に評価することは相当ではないし、労働法規範の正当化機能を及ぼし得る範囲、程度においても異なるものがあるといわねばならない。すなわち、争議支援行為として相当とされる範囲は、争議当事者の争議行為に際して相当とされる行為の範囲よりも狭いものと解さざるを得ないのである。もとより、右にみたように、全電通の国労の争議支援行為については、労働法規の正当化機能を及ぼし得る余地を全く否定し去ることは相当でないと解せられるのみならず、本件行為が刑罰を科するに値する程度の違法性を具備するものかどうかを吟味するにあたつては、争議行為の直接主体者でない全電通の組合員が行なつたという主体の面だけでなく、手段ないし態様など諸般の具体的状況を綜合して考察しなければならないこというまでもない。

ところで、原判決は、また、争議に参加しない非組合員に対しては、いわゆる平和的説得の程度、態様をこえるものは、ピケツトとしての相当性の範囲を逸脱することになるが、組合員に対しては、組合の団結および組合の行動としての同盟罷業に受ける影響の程度が深刻であることによりして、その組合にとつて、スト破りに対し、就労の中止を要請、説得する必要性が増大するのに照応して、その要請、説得の程度、態様が平和的説得の程度、態様をある程度上廻ることがあつても、なおピケツトとして相当とされる場合が少なからずあり得るとし、その例示として、右要請、説得をある程度強くすることおよび右要請、説得の機会を確保するために暴力の行使にわたらない限度で言語以外の手段を講ずることを挙げている。そのいわんとする「平和的説得の程度、態様をある程度上廻る」ピケツトということの具体的程度、内容は、原判決が前記(イ)ないし(ニ)の態様のもとでのピケツトの相当性を認めているところからいつて、結局原判決は、全電通の組合員のなした本件行為を国労の組合員がなしたものと同視し、しかも、相手方に対し直接的な暴力の行使にわたらない限り実力行使を伴う態様のピケツトの相当性を認める見地に立つていると解せられる。

しかしながら、原判決も認定するように、国労の大阪環状線において始発時刻から四時間集団的に所属組合員の労務の提供を停止する本件争議も、本件ピケツテイングも公労法一七条一項に違反し、公労法上違法とされるものである。したがつて、組合が公労法上違法とされる争議行為への決定をしても、それは違法であつて組合員に対し法的拘束力を及ぼし得ないものであるから、そのような争議行為への参加を勧誘、説得するにあたつては、適法な争議行為の場合に行なわれる勧誘、説得に比較し、その時期、場所、手段、方法等において、さらに強度の相当性が要求されることになるといわざるを得ない。そして、いまここで、その手段、方法についていえば、組合としては同盟罷業の決定に従わず就業しようとする組合員に対し、組合の立場、争議の実情等を訴えて、相手方をして自主的判断により就労を断念させる態様のものに限られ、暴力の行使はもちろん、実力またはこれに準ずる方法や、表面上は説得と称するも、実質的には相手方に判断の自由、行動選択の自由を奪い、自由意思を制圧して相手方の就労を阻止する態様の行為は許されないと解すべきであつて、平和的に勧誘または説得する限度を上廻り実力行使を伴う態様のピケツテイングも法的相当性あるものとして許容されるとしたうえ、すでに運転義務に就労中の組合員に対し、実力を用いて運転を阻止しつつ同盟罷業に参加するよう説得する態様の本件ピケツテイングも相当性の範囲内にあるとした原判決の見解は採り得ない。

(二)  本件ピケツトの目的、必要性について、原判決は、「右ピケツトの目的の点は、公共企業体の職員の経済的地位の改善を主眼とした前判示の本件の争議に際し、争議中の組合の組合員でありながら、これに参加せず、始発電車の運転に当る運転士を主たる対象として、これに右争議への参加を説得することおよび右説得の時間を確保するため右電車の駅からの発車時間を遅らせようとしたところにあるから、右ピケツトの目的において、相当性に欠けるところは認められない。」とし、ピケツトの必要性の点については、「本件のピケツトの主たる対象となつた運転士は、本件の争議の開始前からその所属する国労の組織の責任者に対し、右争議に参加する意思がないことおよび右争議の当日、本件現場の玉造駅に到着する前の段階で、すでに国労およびその支援労組の組合員の強い説得を無視して、右電車の運転を継続して来た者であることが認められるから、このうえさらに同運転士に対して争議参加への説得をしても、その実効性は、客観的には乏しいものと判断されるところであるけれども、被告人らを含む全電通の組合員らは、右の各事情には通ぜず、かえつて、本田誠一から受けた大阪城公園での状況説明により、同運転士がその意思に反して国鉄当局側に引き入れられ、始発電車の運転に従事させられているものと思い込んで本件のピケツトに参加し、そしてその後右電車が玉造駅に到着してからも、同運転士が右組合員らの説得に対し、殆んど沈黙を続けたところから、当時組合員らが本件のピケツトを手段とする同運転士に対する説得を断念すべき事情にあたつたものということはできず、結局、被告人らの認識していた当時の事情を前提として、本件のピケツトの必要性を肯定することができる。」と判示する。

いまここでは、被告人らがとつた本件ピケツトの手段、態様を捨象して、かつ、被告人らの当時認識していた事情を前提として、単純に本件ピケツトの目的、必要性を考えれば、原判示が認定するように本件ピケツトは公共企業体の職員の経済的地位の改善を目途とした本件の争議に際し、争議中の組合の組合員でありながら、国鉄当局側に引き入れられてその意思に反して始発電車の運転に従事させられているものと被告人らが思い込んでいた運転士を主たる対象として、これに右争議への参加を説得するためのものであつたとすれば、それは公労法に違反する違法な争議行為への参加を促するものである点で目的の正当性、必要性につき消極的方向への評価が加えられることになるが、刑罰を科するに値する程度の違反行為かどうかという刑法上の違法性を考えるうえにおいては、なお、その目的の相当性、必要性を否定し去ることは相当でなく その限度で原判示はこれを肯認することができる。

ところで前記事実関係よりすれば、本件で説得と称するものの実質的内容は、自からの意思に反して国鉄当局側に引き入れられ運転させられている運転士に対し、その自由な意思に訴えて翻意を促すというような説得態度を主としたものではなく、運転士が就労していることに対し、罵り、非難し、その自由意思を制圧して就労を断念させようとする態様のものと認められることよりして、原判決が「当時被告人らは、同運転士はその意思に反して国鉄当局側に引き入れられ、始発電車の運転に従事させられていたものと思い込んでいた」と認定する部分は疑問があり、被告人らの当時の認識は、ただ単に国労の組合員でありながら、国鉄当局の職務命令に従つて運転に従事している運転士を念頭に入れていたにすぎないとみるのが本件現場の具体的状況に合致していると認められる。

そして、原判決は、また、本件ピケツトの目的に、「右説得の時間を確保するため右電車の駅からの発車時間を遅らせようとした」ことを加え、これをも相当であるとしているのである。しかしながら、前記のとおり、国鉄当局は、組合が争議中であつても、代替乗務員を確保して電車運転業務を適法に行ない得ることはもちろん、吉川資郎運転士が原判示当日公労法上違法とされている争議行為に参加せず電車運転業務に就労したことも正当な行為であつて、所属組合に対する裏切行為には法律上なり得ないところよりして、被告人らの行なう説得は、所属を異にする組合員に対するものであるうえ、それが公労法上違法とされている争議行為への参加を呼びかけるものであることからして、それは、公労協所属の組合員同士の連帯感を喚起させ、その自由意思に訴えて就労中止を呼びかけるものにとどまるべきであるうえ、その説得の時、場所についても、電車運転業務は、いつたん乗客を乗せて営業運転を開始した後は特段の事情のない限り、自ら任意に運転を放棄することの許されない業務であり、すでに乗客を乗せて営業運転中の電車の運転士に対し、途中駅で停車している際に、運転業務を放棄するよう説得行為を行なうことおよび説得の時間を確保するため右電車の駅からの発車時間をことさら遅らせようとしたことに相当性を認めることはできないといわねばならない。原判決が指摘するように、組合には団結権が保障されており、これら運転士の運転業務遂行によつて国労の同盟罷業の効果が減殺され、争議当事者である国労側において、同盟罷業の実効性を確保するための対抗手段の必要性が痛感されるにしても、右のような時、場所ならびに後述のような手段・態態のピケツトまでも相当なものと認めることはできない。

(三)  本件ピケツトの手段・態様について、

1  原判決は、まず「電車の発車を遅らせる手段として作出した電車の出入口における混乱状態は、故意に作出したものとしてみるかぎり、異様なものともみられるが、右に類した状態は通勤時等に、随所で自然に発生し、その意味では、右の状態そのものは日常茶飯事の現象であり、前記の目的をこのような日常の現象に仮託して実現しようとしたところに、むしろ自制の効いた穏和な手段とみられるところがあり、そしてその結果生じた電車の停車状態そのものは、本件の争議によつてもたらされる事態以外のものではなかつたのであるから、右手段の点をとり立てて悪質というほどのものとはいえない。」と判示する。

なるほど通勤ラツシユ時における電車の出入口の状況と本件のそれは、静止的一場面をとらえれば、外観上類似性は認められるけれども、通勤ラツシユ時には一時に多くの乗降客が出入口扉に殺到するため混雑が生ずるのであるが、その混雑も車掌が出入口扉を閉鎖するスイツチを入れれば乗客はなるべく扉が閉鎖できるよう車内に入ろうと努めるので、それほどの時間を要せず出入口の扉が閉鎖され発進できる状態になるのに対し、本件では、わざわざ出入口扉部分で混雑状態を作出し、身体で扉の閉鎖を妨害し、なるべく長く発進を阻止すべく努める行動をとつた結果、約四五分にも及ぶ電車の発進不可能状態を作出したものであつて、前者が自然発生的、一時的現象であるのに対し、後者は作為的企図的、継続的行為であつて、健全な社会通念に照らして考えるに、前者については現下の交通事情のもとにおいてやむを得ないものとして社会生活上一般に甘受されているところであるが、後者については労働争議中に行なわれたという事情を考慮に入れてみても、社会生活上宥恕し得られるものとは認められないといわねばならない。原判決は、根本的に異質なものについて、ただ単に静止的一場面の外観が類似することのゆえをもつて、両者を同質視して自己の結論を導いているにすぎず、そのいうところは首肯し難い。

2  つぎに、原判決は、被告人らは、説得の時間をかせぐため、組合員によつて通勤時の満員電車の出入口にみられるようなラツシユ状態を作り、電車の扉が閉らないようして、発車時刻を遅らせるという行動はたかだか五分前後の時間で経過するものと理解して本件支援行動を受け入れてこれを実行に移すことにしたものであり(原判決三の4)、「本件ピケツトの実施時間については、玉造駅における停車時間の約一時間のすべてが本件ピケツトによるものといいがたく、被告人らの意図したところよりすれば、当初の予想に反する事態の出現(玉造駅の現場における国労の責任者の不在、運転士の不明確な就労意思の表示、ドア・コツクの開放、電車の窓ガラスの毀損行為、一旦発車後の段階における進行妨害等)により、かなり停車時間が伸ばされたとみられ、右ピケツトの実施時間が不当に長いものとみることはできない。」と判示する。

しかしながら、原審証人本田誠一の原審公判廷における供述によれば、同人が国労側から依頼されて被告人らに説明指示した斗争方針に基づく本件ピケツトの具体的内容は、国鉄当局が運行を意図している始発電車を極力遅らすため組織動員をもつて対処することであり、駅に着くたびに前示のような電車の出入口で通勤ラツシユ時のような状態で作出して扉が閉鎖しないようにして電車の発進を遅らせ、その間運転士に争議に自主参加するよう説得する。そして、その行動をいつやめるかは各駅ごとに居ることになつている国労側の責任者の要請に従うようにというものであつて、現場の国労側の責任者の中止の要請があるまでは、運転士、車掌が説得に応ずるまで前記のような方法で極力電車を遅らせることを主眼とし、本件行為を継続する時間についての目途は何ら決められず、全電通組合員らに周知徹底する措置もとられなかつたこと、被告人らが本件のように長時間ではなく、もつと短時間で電車の発進遅延が解消すると主観的に思つていたというのは、被告人らが本件行為に出れば、鉄道公安官や機動隊などがかけつけて来て規制措置をとることにより、玉造駅での発進妨害が短時間で終わらざるを得ないだろうと予想していたからにすぎず、自ら自発的に五分前後位で本件行為をやめる心積りでいたというものではないことからして、官憲の迅速有効な規制がなければ、玉造駅での電車の発進妨害が長時間に及ぶものになることは予定していたところといわざるを得ないし、現に現場に居た被告人松田、同岡本、同小田らにおいて、電車の玉造駅での発進遅延が五分以上経過しても、これを予想外の異常事態と受け取つていたとみられるふしはみあたらず、かつ、その収拾に向け努力していたような客観的事惰も認められない。

3  原判決は、また、玉造駅の現場に国労の責任者が不在であつたことも一因となつて、予想外に本件電車の停車時間が延びたと評価しているけれども、被告人らが本件玉造駅に到着してから本件始発電車が来るまでには約四五分間も待ち時間があつたのに、その間被告人らが国労側の責任者を探し求めたとか、連絡をつけるべく努力した形跡は本件記録上見出し得ないし、電車到着後数分経過した後においても同様である。被告人らは、現地国労側責任者の指示を待つてはじめて行動することを予定していたのではなく、すでに本田誠一を通じて、行なうべきピケツテイングの具体的内容は明示されており、被告人らがそれぞれ各支部所属組合員を掌握してその責任のもとに行動することが予定されていたものであつて、ただ同駅にいるはずの国労側責任者については、同人が運転士に本件争議に参加して運転を中止するよう説得するので、同人とともに同様の説得をして貰いたいということと、国労側の責任者から電車の発進を遅延させつつ行なう説得行為の中止要請があつた場合には、その要請に従つて右行為をやめてもらいたいというにすぎず、国労側責任者の中止要請があるまでは被告人らが全電通の各統率していた支部組合員の本件電車の発進を遅延させつつ行なう説得行動を統制する責任があつたというべきである。

4  原審証人吉川資郎(運転士)、同北田敏治(車掌)の各供述によれば、大阪環状線の停車時刻は当時通常二〇秒停車であり、長くても一分位で、三、四百人位の乗降で三〇ないし四〇秒程度ですむというのであり、北田車掌は、電車が玉造駅に到着して、出入口扉を開にし、通常の客扱い通りの時間経過とともに車掌スイツチを閉にしたが扉が閉らない状態であつたので、暫時車掌スイツチを開にして出入口の状況をみていたところ、到着後五分位してから駅員から扉を閉にしてくれと指示されてその後は車掌スイツチは閉にしたままであつたが、その後も労組員らが出入口付近に立ち身体等で扉が閉鎖するのを妨げ発進を妨害し続け、結局一時間前後にわたつて電車の発進を遅延させつつ本件の説得行為をしたことが認められ、停車時間の一時間前後のすべてが本件ピケツトによるものとはいい難いにしても、その大部分は本件ピケツトによるものと認められ、右ピケツトの実施時間が不当に長いものとみることができないとする原判示は、玉造駅の通常の客扱い時間に徴し、到底これを肯認することはできない。

なお、原判決が運転士を罵倒したりする組合員に対し 被告人岡本や同小田が制止したとか、被告人らの心情如何とか、第二の六の5で挙示する三点は、いずれも情状に関する事情であつて、本件行為の違法性に関する問題ではないと思料されるので、その当否の判断はしない。

(四)  以上、本件行為は、違法性(可罰的違法性)が阻却されるとして、各被告人に対し無罪を言い渡した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りを犯した違法があるものであつて、原判決はこの点において破棄を免れない。したがつて、本件被告人らの所為に刑法上の違法性を認めるべきであると主張する論旨は結局理由があることに帰する。

六よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、直ちに判決することができるものと認めて、同法四〇〇条但書により被告事件について更に判決する。

原判決が証拠として挙示する別紙証拠目録記載番号1ないし55の各証拠によると、被告人松下義隆を除く、爾余の被告人らは、いずれも日本電信電話公社の従業員で、被告人松下義隆は、同公社従業員の一部をもつて組織する全国電気通信労働組合近畿地方本部(以下近畿地本と略称)執行委員、総務部長、被告人豊田稔は、近畿地本執行委員、被告人松田安正は、近畿地本大阪市外電話支部の支部長、被告人岡本知明は、近畿地本大阪電信支部の支部長、被告人小田高雄は、同支部副支部長であつて、公共企業体等労働組合協議会が、いわゆる昭和四一年春闘において、全国交通運輸産業労働組合共闘会議との統一闘争の一環として、同協議会に加盟の国鉄労働組合(以下「国労」という。)による昭和四一年四月二六日の半日ストライキなる争議を計画、実施したところ、被告人五名および被告人岡本、同小田、同松田らの引率する組合員を含む全電通近畿地本の組合員約四〇〇名は、同日午後四時ころ、大阪市東区杉山町所在の大阪城公園東南の一角において、国労側からの要請を受け入れ、国鉄玉造駅外廻り線ホーム上に赴き同所で待機して、始発電車が到着した時に、右電車の乗務員に対し争議に参加して運転を中止するよう説得するため、その時間かせぎに、被告人ら統率下の全電通組合員によつて、ことさら通勤時の満員電車の出入口にみられるようなラツシユ状態を作り電車の扉が閉らないようにして、発車時刻を遅らせることを共謀のうえ、同日午前五時前ごろ同区黒門町一九二番地所在の日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)玉造駅外廻り線ホームに上り、同日午前五時五四分ろ同ホームに当日の外廻り線の始発電車である第四〇〇二電車(六両編成)が到着し、右組合員集団の一部が同電車に乗車勤務中の運転士吉川資郎および車掌北田敏治に対して、口々に右国労の争議に参加、協力して電車運転を中止するよう説得ないし要求を始めた際、右運転士および車掌に対する説得ないし要求の時間を確保するため、同電車の同ホームにおける停車時間を長引かせようと企図して、わざと同電車の開扉された出入口に多数で詰めかけ、閉鎖しようとする両開きの扉の間に立ち塞がるなどして扉が閉鎖できないようにし、あるいは一旦閉鎖しかかつた扉をことさら押し戻すなどの所為を繰り返し、同日午前六時三二分ごろ同電車が同ホームから発進を開始するまでの間、各扉の閉鎖妨害行為により、同電車の同駅からの発進を妨げ、もつて、威力を用いて、国鉄の業務を妨害したものであることが、認められる。

右事実に法令を適用すると、被告人らの所為は、いずれも行為時においては刑法六〇条、二三四条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、二三四条、昭和四七年法律第六一号による改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その範囲内で被告人五名をそれぞれ罰金三万円に処し、刑法一八条により被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用の負担については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、主文第四項記載のとおり定めることとし、主文のとおり判決する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

(別紙)<省略>

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